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東京地方裁判所 平成元年(ワ)16558号 判決 1992年12月01日

原告

大野隆雄

右訴訟代理人弁護士

田﨑信幸

小薗江博之

被告

西武バス株式会社

右代表者代表取締役

山本廣治

右訴訟代理人弁護士

辻本年男

遠藤和夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有することを確認する。

二  被告は原告に対し、平成元年八月二五日から毎月二五日限り四九万〇四九三円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  二項につき仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、路線バスの運転手である原告が、被告から、原告には遅れている同僚運転のバスを停め二分ほど待たせて乗車して乗客から苦情を受けた等の不祥事があったとの理由で解雇されたため、その解雇理由の存在を争い、解雇の無効を主張している事案である。

二  解雇に至るまでの経緯

以下の事実は、当事者間に争いがないか、または、末尾記載の証拠によって認められる。

1  原告は、昭和四〇年五月二六日、被告に雇用され、路線バスの運転手として上石神井営業所(西武車庫)に勤務してきたもので、社内の「年間無事故賞」を一七回受賞し、「石神井警察署署長賞」も受賞していた。

2  被告は、一般旅客自動車運送事業等を営む会社であって、上石神井営業所には約二五〇名の従業員がいた。

3  原告は、平成元年六月三〇日、路線バスの運転業務を午後八時三〇分頃終えた後、同僚に誘われて、同九時過ぎ頃から西武池袋線石神井公園駅北口付近の飲食店に短時間寄った後、同駅南口付近の飲食店「新鮮組」(別紙図面<2><以下別紙は略>)でビール大ジョッキ一杯、清酒一二〇ミリリットルを飲み、歓談した。原告は、翌七月一日は午前五時四七分に出勤し、同六時一七分西武車庫を出庫するバスに乗務するように被告から指示を受けていたところ、自宅が同車庫から遠いため、そこに併設されている上石神井営業所に業務に備えて宿泊することにしていた。

4  原告は、同日午後一一時過ぎに、「新鮮組」の中の手洗所が満員であったので、石神井公園駅前の手洗所(別紙図面<1>)を利用したが、「新鮮組」に戻る際、被告の職員である吉野良平運転手(以下「吉野」という。)の運転する石神井公園駅発西武車庫行きバスが石神井公園駅南口広場に停車しているのを見つけた。そのバスは、最終バスで、定刻より遅れて一〇人位の乗客を乗せて発車したが、一、二メートル位動いたところで停車してさらに乗客を一人乗せたところであった。原告は、バスの運転手に対し、待ってくれるようにと告げ、「新鮮組」に戻って同僚に先に帰る旨を伝え、通常の速度よりもゆっくりと運転して駅前のロータリーを回って出てきたバスに乗車したところ、乗客から、バスを私物化しているなどの苦情を受けた(吉野との話しのやり取り、バスを遅らせた時間等の詳細については後記のとおり争いがある。)。原告は、当夜は営業所に宿泊し、翌日早朝の通常勤務に予定どおり就いた。

5(一)  被告は、平成元年七月二〇日、原告に対し、懲戒処分決定書(<証拠略>)及び解雇通知書(<証拠略>)を示して、即日解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。その懲戒処分決定書には、「主文 三〇日間の解雇手当を支給し、即日解雇する。事由 平成元年六月三〇日二三時二〇分頃、石神井公園駅前において、酒気を帯びて、遅れてきた同僚運転のバスを停め二分ほど待たせて乗車し、乗客より苦情を申込まれるという不祥事を起こした上、酒気帯びのまま営業所に宿泊した。又、過去においても再三にわたり業務上の不祥事を起こし、その都度指導されながら、再度不祥事を繰り返すなど会社の信用を失墜せしめた。適用条文 就業規則五三条一、二、四、五、八、一二、一三項に抵触、同規則五四条六項により処分。」と記載されていた。また、解雇通知書には、「貴殿は、下記の事由により、平成元年七月二〇日付けをもって、三〇日間の解雇手当を支給した上で、即日解雇処分になったので通知します。記 就業規則五三条一、二、四、五、八、一二、一三項に抵触。」と記載されていた。なお、右懲戒処分決定書及び解雇通知書に記載の「就業規則五三条一、二、四、五、八、一二、一三項」「同規則五四条六項」とあるのは(証拠略)により、「就業規則五三条一、二、四、五、八、一二、一三号」「同規則五四条六号」の誤記と認められる。

(二)  被告は、平成元年七月二〇日、原告に対し、解雇予告手当五〇万一一二六円及び退職金一一八九万七一五一円並びに同年八月分給与金三二万一二七三円の支払を提供したが、原告が受領を拒絶したので、翌二一日に右合計金額一二七一万九五五〇円を供託した。(<証拠略>)

6  原告には、バスの運行につき、つぎの処分ないし注意を過去に受けた経歴がある。

(一) 昭和六〇年八月一二日、八分間の休息を食事時間と思い込み、担当したダイヤを五〇分遅れで運行する事態を生じさせたため、同年一〇月一六日付けで譴責の懲戒処分を受け、始末書を提出した。

(二) 昭和六一年六月一六日、食事休憩時間を勘違いし、担当したダイヤの運行を欠行したため、同年七月二八日、譴責のうえ、出勤停止五日間の懲戒処分を受け、始末書を提出した。

(三) 昭和六三年八月初旬頃、車両渋滞のため停車中、新聞を読み始め、前方車両が発車しても気付かずに新聞を読み続けていて、乗客から被告に苦情があったため、同月六日、厳重注意の指導を受けた。

三  争点

1  本件解雇には、懲戒解雇事由ないし普通解雇事由があるか。

2  本件解雇は、解雇権の濫用に当たるか。

3  本件解雇は、不当労働行為に当たるか。

四  原告の主張

1  本件解雇の性質

解雇が有効であるためには、解雇当時に客観的に解雇を相当とする事由が存在し、かつ、明確な解雇の理由が告知されなければならない。解雇後に解雇理由を変更したり、追加することは許されない。被告の就業規則には懲戒解雇及び普通解雇の要件が定められているが(五四条、五六条)、被告が平成元年七月二〇日に原告にした一連の解雇処分を総合的にみれば、一旦就業規則五四条六号により懲戒解雇を通告したのち、さらに同規則五六条一項四号により普通解雇をしたものとみるのが相当である。同条項の解雇は、同規則五四条所定の懲戒の基準による懲戒解雇処分を決定したことを要件としているから、本件解雇は、まず原告に対する有効な懲戒解雇処分の決定の存在を前提要件としていると考えるべきである。

2  本件解雇事由の事実関係

(一) 被告のバス運行に及ぼした影響

原告が、石神井公園駅前の手洗所を出て、西武車庫行きの最終バスを別紙図面<1>の地点で見たときは、バスのドアが開いた状態のときであった。原告は、別紙図面<3>の地点で、吉野に対し、少し待ってくれるように告げたところ、吉野は、原告に対し、「私がロータリーを回っている間に来て下さい。」といった。そこで、原告は、直ちに別紙図面<2>の「新鮮組」に向かって走り出したところ、バスは少しして発進してロータリーを回り始めた。原告は、「新鮮組」で同僚に先に帰る旨を告げ、駅前広場に走って戻ると、バスは丁度ロータリーを半周して別紙図面<4>の地点まで進行してきたところであった。原告は、その地点で停車したバスに乗車して西武車庫に向かった。

ところで、原告が別紙図面<3>の地点で吉野と話していた時間は一〇秒足らずであり、<2>の地点で同僚への挨拶の時間は五秒程度、<4>の地点でバスが停車した時間は二、三秒である。原告の行為によってバスの運行に影響を与えたと思われる時間は、原告が<3>の地点で吉野と会話した時間と、原告が<3>の地点でバスを離れてから<4>の地点でバスに乗るまでの所要時間よりバスが<3>の地点から<4>の地点までの通常の走行所要時間を差し引いた時間と、<4>の地点でバスに乗車するのに必要な時間との合計時間である。実験の結果によると、その時間は一五秒ないし二四秒に過ぎない。また、原告が<3>の地点で吉野と会話した時間は、バスが何分発かわからずに声をかけたもので、原告の責めに帰するものではない。しかも、石神井公園駅発の深夜及び最終のバスの発車は数分遅れることが通常であるから、特にバスの運行に支障をきたしたと評価すべきものではない。

(二) 上石神井営業所に宿泊した行為

被告の従業員が多少の酒気を帯びて上石神井営業所に宿泊することは、日常的に行われていた。宿泊する際に、酒気を帯びて暴れたり、あるいは他の運転手の睡眠の邪魔をしたりすれば、懲戒の対象になることは当然であるが、原告は当日そのようなことはしていない。当日の原告の酒量は少なく、特に午後一〇時過ぎからは飲酒をしておらず、酔ってはいなかった。

3  本件解雇の妥当性

(一) 一般に解雇は、被解雇者の従業員の地位を失わせる極めて重大な処分であるから、やむをえない事由がなければならない。原告はバスを僅かでも待たせはしたが、バスの運行に特に支障をきたしたわけではない。原告が最終バスに乗ったのは、翌日の勤務に備えたもので、私的行為ではない。また、原告は、バスが一旦発車し始めたことを全く知らなかったため、吉野に「このバス何分なの。」と発車予定時刻を尋ねたのである。原告は、吉野に対し、少し待ってくれるように話しかけたものの、それは打診程度のもので、バスが待ってくれればいいが、出てもしかたがないという気持ちであった。

(二) 最終バスの場合において、運転手が一般乗客から手を振って走ってきながら出発を待ってくれるように依頼されたときは、その到着までバスの出発を待つことは日常我々が目にするところであり、ロータリー内であれば乗客を乗せるのが運転手の意識である。本件は、乗客がたまたま同じバス会社の従業員であったにすぎない。また、最終バスは、遅れてきた乗客の便宜を計る必要から、発車を遅らせることがあり、度々数分遅れていたのが実体であって、しかも、定時に到着しようとすると制限速度をオーバーして走行しなければ困難なバスダイヤになっているのである。もともとバスの遅延は、構造的なものがあり、被告が本気で旅客へのサービスを口にするなら、ダイヤを改正していたはずである。被告の責任で本件の最終バスが約一〇分遅延しているにもかかわらず、約二〇秒の問題を見過ごすことのできない非違行為と主張することは異常である。

(三) 本件において、苦情を述べた乗客は、最初に「君は料金を払わないのか。」といい、非難の理由がここにあったのであり、また、原告が営業所に宿泊するために乗車したことを知らずに、私用のためにバスを利用したものと誤解して、「バスを私物化しているんじゃないか。」といったものと思われる。この乗客は、この路線では運転手の間で有名な人物であり、これまでも再三苦情申出のために営業所に乗込んできて、バスが定刻の僅か一〇秒早発したといって追及する等、バスの運転手仲間では有名な人物であった。他の乗客は、なんの苦情もなかったことからみて、許容していたものと思われる。

(四) 被告は、原告が酒気を帯びて上石神井営業所に宿泊した行為を問題にしているが、これは他の従業員にあっては日常的に行われていたことである。寝床が変ると寝付きが悪くなることはままあることで、従来多少の酒気帯びでの宿泊は普通に行われていた。原告は、静かに床についており、他の運転手の睡眠を妨害したことはない。被告は、本件以前に、運転手が酒気を帯びて上石神井営業所に宿泊すること自体を禁じた規定を設けたことはなく、まして独立して懲戒処分にしたことはない。

(五) 被告のバスのダイヤは運転手の増務をあてにして編成されているが、原告は、バスの運転手として二四年間にわたって、平均月間三〇〇〇分以上の増務につき、被告に協力している。本件の処分を考えるに当たって、バス運転手の日常の激しい労働条件を考慮しなければならない。原告は技手の資格を持ち、運転技術は前記のとおり優秀であり、勤務態度もまじめであった。なお、原告は、昭和六〇年八月に譴責、同六一年六月に出勤停止五日間の処分を受けているが、二四年間で今回が三回目であり、客観的には非常に少ないのである。過去二回の処分はダイヤの見まちがえによるもので、この見まちがえは普段担当しない路線を運転するときに生ずることが多く、当時、ダイヤを確認するための運行表が小さくて見づらかったという事情にある。

(六) 被告において懲戒の対象とされるのは、当該行為に限られ、過去の行為は六ケ月以内のものに限って当該行為を重く懲戒することができるにすぎない(労働協約七九条七号、就業規則五四条七号)。本件懲戒処分決定書には過去の行為を懲戒事由にしているが、労働協約、就業規則に違反し、違法である。

(七) 被告は、運転手のミスに対し、同業他社よりも処分が厳しい傾向にある。他の処分例をみると、休憩時間中に寝込みダイヤを欠行した事案は出勤停止どまりであり、酒に酔ってJR立川駅で電車を止めた事案でさえ出勤停止どまりである。また、吉祥寺駅から都民農園行きのバスを中間の西武車庫で打ち切ってしまった事案でも降格と出勤停止の処分にすぎない。これらに比べて、本件が特に情状悪質とはいえない。本件は、どんなに重くても降格処分どまりである。原告にとって、年齢的に再就職は極めて困難である。かりに再就職ができても、収入が大幅にダウンし、従来の生活を維持することが難しくなる。本件解雇は、かりに普通解雇として退職金がでるとしても、原告にとって非常に苛酷な処分であることは変りがない。

4  不当労働行為としての本件解雇

(一) 原告は、被告会社の労働組合上石神井支部の書記長を通算して五期勤めたほか、本件解雇時には職場委員、交番表委員をしていた。原告が主として取り組んでいた問題は、路線バスのダイヤに関するものが多く、これは被告の経営政策に直結する重要な問題であった。ダイヤの改正をめぐってしばしば労使間の対立を生じたが、原告はあくまでも自主的に実測をするなど、職場委員として被告と対抗して奮闘した。原告が特に重視した組合活動として、従来明確でなかった権利内容を誰にもわかるように明文化する等の組合員の啓蒙、教育活動がある。原告は、主催者として職場の労働者に呼び掛けて「労働協約勉強会」を作り、昭和六二年一一月から若い人を中心に月一回の勉強会をしてきた。

(二) 被告は、原告の組合活動を被告にとって好ましくないものとして甚だしく嫌悪してきたし、原告の他の組合員に対する影響力を弱めることを図ってきた。例えば、被告は、労働協約勉強会の会場までやってきて隠れて参加者をチェックしていたり、原告の同僚の谷上光弘の妻が生命保険外交員として被告会社上石神井営業所に出入りしていたのを禁止する理由として、「谷上君は赤だ、労働協約勉強会なんかしているやつはろくでもない奴だ。」「谷上君がそういうグループとの付き合いをやめれば、出入りをまた許してやる。」などと述べた。

(三) 本件解雇は、原告の組合活動を抑止し、他の組合員に対する影響の拡大を防ぐ意図でされたものであるから、不当労働行為であって、無効である。

5  結論

本件解雇は、原告に懲戒解雇に該当する事由がなく、また、普通解雇に該当する事由もない違法不当なもので、無効である。また、本件解雇は、社会通念に照して合理性を欠いた苛酷な処分であるから、懲戒権、解雇権の濫用であって、無効である。のみならず、本件解雇は、不当労働行為であるから、無効である。

五  被告の主張

1  本件解雇の性質

本件解雇の意思表示は、解雇予告手当と退職金を支給し、なんらの懲戒処分を伴わない普通解雇である。就業規則五六条一項六号、労働協約七〇条は、懲戒の基準により懲戒解雇処分に該当したときは普通解雇する旨を定めているが、その本旨は、使用者が労働契約関係終了に至るまで労働関係を維持することが使用者にとって不当に苛酷であると認められるような重大な事由を例示したものである。

2  本件解雇事由

(一) 平成元年六月三〇日、吉野は、石神井公園駅発西武車庫行き最終バスの運行を担当し、石神井公園駅を所定時刻より約一〇分程遅れて発車しようとしたところ、原告が、別紙図面<3>の地点のバスをみつけ、閉りかけたドアに駆け寄り、吉野に対し、酩酊状態で「二分待ってくれ、連れがいるから。」といった。吉野は、「このバスは一〇分遅れているからまずいですよ。」と答えたところ、原告が「すぐだから。」といって、そのままバスから離れいずれかに姿を消してしまったため、先輩である原告のいうことでもあるので、やむなく、しかし、バスを止めて待つことは乗客の手前具合が悪いと思い、ゆっくりバスを回しながらロータリーを進行させて別紙図面<5>の地点で原告を乗せた。

(二) 原告の(一)の行動によってバスが遅れた時間は、少なくとも五七秒間である。すなわち、別紙図面<3>の地点から「新鮮組」(別紙図面<2>)の階下(別紙図面<6>)までは四四・三メートル、<6>の地点と<2>の地点との間は階段一六段で往復一五・八メートル、<6>の地点から<5>の地点までは一七メートルあり、結局<3>の地点から<5>の地点まで徒歩で一分七秒、小走りで四二秒かかる。そして、<3>の地点で吉野と話していた時間は少なくとも二〇秒、<2>の「新鮮組」で同僚に説明していた時間が少なくとも五秒、<5>の地点でバスが停車してドアを開けて原告を乗せて発車する時間は一〇秒かかっている。バスがロータリーを一周する時間は深夜でも二〇秒位である。したがって、原告が小走りであったとしても、差引き五七秒間バスを遅らせたことになる。

(三) 原告は、翌早朝の勤務であって上石神井営業所に宿泊する予定であったにもかかららず、酒を飲み制服姿のまま最終バスを停車させ、営業所に宿泊したのであり、乗客の一人に「公共のバスを私物化している。」「明日の勤務も考えないでこんな夜中まで酒を飲んでいるのか。」と諭され、同営業所で約一時間にわたり苦情を申し込まれた。これによって被告の失った信用は大きく、原告には人命を預るバスの運転手としての自覚が欠如している。当日飲酒していた原告を営業所にそのまま宿泊させたことにつき、早朝五時一五分から深夜一時四四分まで従業員多数が出入りする営業所の管理について管理者にも手落ちがあったことになるから、被告は、上石神井営業所所長及び運行管理責任者を懲戒処分にした。

(四) 原告の以上の行為は、現業従業員服務規定に反し、自分が先輩運転手であることから後輩運転手の吉野に対してバスを待つように要求し、その結果、バスの運行に支障をきたし、さらに乗客から苦情の申入れを受ける事態を起こしたのであって、これは、被告の信用を失墜させたばかりか、被告の秩序を乱し、他の従業員にも悪影響を及ぼすもので、就業規則五三条一、二、四、五、八、一二、一三号に該当することは明らかである。

3  本件解雇の妥当性

(一) 本件解雇については、本来であれば当然に懲戒解雇とするところを、原告の生活上の立場も考慮して、退職金を支給する普通解雇にしたものである。過去二回の懲戒処分事由は、原告の過失によるもので、これによって乗客からの苦情があったわけではなく、また、厳重注意を受けた事案は、乗客の苦情があったが、大きく業務を阻害したものではなかった。しかし、本件は、原告が一方的な個人的事情から故意に最終バスを停止させて乗車したものであり、最近全国的にバス離れの現象が進行しており、被告では労使一致協力して旅客へのサービス向上に努めていた実情にあったのであって、他の従業員に悪影響を及ぼし、企業秩序をも破るものである。

(二) 原告は、本件解雇を不服として、労働協約六三条に基づき苦情処理の申立てをしたが、労使双方で構成する苦情処理委員会において、解雇が相当であるとの決定がされ、その旨が原告に通知された。

4  本件解雇と不当労働行為性

本件解雇は、原告のバス運転手としての自覚の欠如に起因して発生した行為に対するものであり、原告は当時上石神井営業所の組合執行部役員ではなく、労働協約勉強会をしていたとしても、原告の組合活動を嫌悪してされたものではない。

したがって、本件解雇は、不当労働行為といわれる筋合のものではない。

第三当裁判所の判断

一  本件解雇の性質

1  被告が平成元年七月二〇日にした本件解雇の意思表示は、懲戒処分決定書において就業規則の懲戒解雇の規定を掲げられているので、懲戒解雇のようにみえる。しかし、前記「解雇に至るまでの経緯」5の事実、被告会社では懲戒解雇の場合には、労働協約によって退職金を支給しないこととされている事実(<証拠略>)、被告が原告に右同日退職金を提供した事実及び解雇通知書に就業規則五三条所定条項を解雇事由として記載されている事実をも合せてみると、本件解雇は、懲戒事由の存在を理由とする普通解雇であると認めるのが相当である。

2  ところで、(証拠略)によれば、被告の就業規則には、つぎの定めがあることが認められる。

解雇の規定としては、五六条一項には「従業員がつぎの各号の一に該当するときは退職ならびに解雇の措置をとる。」とし、

一号「死亡のとき。」

二号「本人の退職希望を承認したとき。」

三号「定年に達したとき、但し必要ある者を除く。」

四号「懲戒の基準により懲戒解雇処分の決定したとき。」

五号「精神又は身体の障害により業務に堪えないとき。」

六号「休職期間が満了したとき、但し組合専従休職を除く。」

七号「試雇用期間が満了し成績、技術が特に不良と認められたとき。」

とし、同条二項には「一項四・五・七号に該当したときは三〇日前に予告するか又は平均賃金の三〇日分の解雇手当を支給する。」としてある。

他方、懲戒の規定としては、五三条に「従業員がつぎの各号の一に該当したときは懲戒処分にする。但しその懲戒処分が不服なときは苦情処理機関を通じ会社に提訴することができる。」とし、

一号「この規則又は遵守すべき事項に違背したとき。」

二号「故意又は過失によって業務上不利益を生ぜしめたとき。」

三号「正当な理由なく上長に反抗したり又はその命令を守らなかったとき。」

四号「業務の遂行を阻止する行為をし又は業務上の秘密を洩らし、或は洩らそうとしたことが明らかなとき。」

五号「素行不良で同僚に悪影響を及ぼすおそれがあると認められたとき。」

六号「自己の不注意から火災その他の事故を起こしたり他の者に傷害を与えたとき。」

七号「社品又は他人の私有物を盗んだりその他犯罪行為をしたとき。」

八号「地位を利用して不都合な行為をしたとき。」

九号「一四日以上無断欠勤したとき。」

一〇号「重要な経歴又は住所氏名を偽り或は詐術を以て雇用されたとき。」

一一号「会社の承認を得ず在籍のまま就職運動をしたり又は他に雇用されたとき。」

一二号「風紀秩序を乱したとき。」

一三号「前各号の他不都合な行為をしたとき。」としてある。

また、五四条には「懲戒はその程度により譴責、減給、格下、出勤停止、昇給停止、解雇に分ける。但し情状酌量の余地あるとき又は改悛の情が著しく認められたときは懲戒を減免することがある。」とし、その六号には「懲戒解雇は三〇日前に予告するか又は予告しないで所轄監督署長の認定を経て即日解雇する。会社は必要と認めたときは前項の懲戒処分の決定がなされるまでの間従業員を就業させないことがある。」としてある。

3  以上のとおり、懲戒解雇の事由に関しては具体的な規定があるが、普通解雇の事由に関しては同規則五六条に定める以外に格別の規定が設けられていないのであるから、被告が従業員にした普通解雇が有効であるためには、普通解雇事由があれば足り、懲戒解雇に値する事由がなければならないものではないというべきである。被告は、本件解雇を普通解雇であると主張しているので、その効力について以下判断する。

二  本件解雇事由の有無

1  被告のバス運行に及ぼした影響

「解雇に至るまでの経緯」記載3、4の事実及び証拠(<証拠・人証略>)を総合すれば、つぎの事実を認めることができる。

(一) 原告は、平成元年六月三〇日午後九時過ぎ頃から、別紙図面(略)<2>の「新鮮組」でビール大ジョッキ一杯、清酒一二〇ミリリットルを飲み、翌七月一日早朝勤務に備えて上石神井営業所に宿泊する予定で、同僚と歓談したが、午後一一時過ぎに石神井公園駅前の手洗所を利用した際、吉野の運転する石神井公園駅発西武車庫行き最終バスが石神井公園駅南口広場(別紙図面<3>の地点)に停車しているのを見つけた。そのバスは、最終バスで、定刻の午後一一時一四分より約一〇分遅れて一〇人位の乗客を乗せて発車したが、一、二メートル位動いたところで停車してさらに乗客を一人乗せたところであった。原告は、このバスに乗って上石神井営業所に行くことを思い立ち、ドアの閉りかけたバスに駆け寄り、吉野に対し、「このバスは何分発なのか。」「二分待ってくれ、連れがいるから。」といった。吉野は、「このバスは一〇分遅れているからまずいですよ。」と答えたが、原告が「すぐだから」というので、「じゃ、ロータリーを回っている間にきて下さい。」といったところ、原告がすぐにバスの後方に走り去ってしまったため、先輩である原告のいうことでもあるので、やむなく、通常の速度よりもゆっくりとロータリーを回りながら、その間に原告が走り去った方向から現れるのを注視していた。原告は、「新鮮組」に戻って同僚に先に帰る旨を伝え、ロータリーを回ってきたバスに別紙図面<5>の地点で乗車し、最前列の席に座った。原告は当時制服姿のままであったところ、後部座席にいて原告と吉野との話しのやり取りを聞いていた乗客の一人が、前に出てきて、原告に対し「君は社員のくせにバスを私物化するのか。」といい、さらに、被告の上石神井営業所まで乗車したままついてきて、同所において被告の運行管理総括責任者池田栄二及び原告に対し、「西武の社員はバスを私物化している。」「明日の勤務も考えないでこんな夜中まで酒を飲んでいるのか。」といい、同営業所で約一時間にわたり苦情を申し込んだ。原告は、翌早朝勤務であったため、その途中の午前〇時過ぎに退席した。

(二) 原告の右の行動によってバスが遅れた時間は、少なくとも三〇秒位はあった。すなわち、別紙図面<3>の地点から「新鮮組」の階下(別紙図面<6>)までは四四・三メートル、<6>の地点と「新鮮組」との間は階段一六段で往復一五・八メートル、<6>の地点から<5>の地点までは一七メートルあり、結局、原告は<3>の地点から<5>の地点まで小走りで三五秒ないし四〇秒位かかった。そして、<3>の地点で原告が吉野と話していた時間は少なくとも一〇秒位、<2>の地点の「新鮮組」で原告が同僚に説明した時間が五秒位、<5>の地点でバスが停車してドアを開けて原告を乗せて発車する時間は少なくとも五秒位はかかった。バスがロータリーを一周する時間は通常二〇秒ないし二五秒位であった。したがって、差し引き少なくとも三〇秒位はバスを遅らせた。

2  上石神井営業所に宿泊した行為

証拠(<証拠・人証略>)によれば、つぎの事実が認められる。

原告は、前記1(一)のとおり、最終バスの乗客から苦情を受けたのち、上石神井営業所で宿泊した。被告は、営業所においては早朝五時一五分から深夜一時四四分まで従業員多数が出入りするため、従業員が酒気を帯びて営業所に宿泊することを許可していなかったが、これを禁ずる措置を徹底していたわけではなく、実際には酒気を帯びたまま宿泊した従業員に対してそれだけを理由に懲戒処分をしたこともなかった。しかし、原告の本件宿泊については、運行管理責任者が、原告の飲酒を承知の上で、しかも、苦情を申し出ている乗客の前で許可した。被告は、平成元年七月二八日、原告が飲酒の上で不祥事を起こし、酒気帯びで営業所に宿泊したことにつき、上石神井営業所所長及び運行管理責任者を譴責の懲戒処分にした。

3  以上1、2の事実と前記「解雇に至るまでの経緯」の事実のもとにおいて、原告の行為は、バスの運行に支障をきたし、さらに乗客から苦情の申入れを受ける事態を起こしたのであって、これは、被告の信用を失墜させたばかりか、秩序を乱し、他の従業員にも悪影響を及ぼすもので、就業規則五三条一、四、五、八、一二、一三号所定の懲戒事由に該当するものということができる。上石神井営業所に宿泊した行為については、この種の行為に対する従前の被告の対応に照すと、これだけをもって原告を強く責めることは必ずしも妥当ではないというべきであるが、バス運行に支障を生じさせた原告の一連の本件行為は、従業員としての基本的な執務態度が不良であり、被告が原告を普通解雇にするにつきやむをえない事由があるというべきである。

三  本件解雇の効力

1  原告は、原告が本件バスに乗った目的、運行に与えた影響の程度、苦情を出した乗客の特異性、過去の処分事由を重く評価した就業規則違反、他と比較した処分の均衡等を指摘して、本件解雇が無効である旨主張する。

しかしながら、原告が本件バスに乗った目的が翌日の勤務に備えたものであったからといって本件行為を有利に評価できるものではなく、また、本件バスの遅延は僅かであって、しかも最終バスが度々遅れているからといって、前記認定のとおりの経緯のもとで、停留所以外の場所でバスを止めさせ、結果的にも三〇秒位も運行遅滞を生じさせたことであってみれば、本件解雇が合理性を欠くとは認め難いし、被告の従業員が飲酒の上で私用で「二分待ってくれ、連れがいるから。」という乗客無視の態度をとったことに遭い、バス運行の遅れを受けた乗客にすれば、苦情を申し出て当然であると考えられる。本件解雇は、懲戒解雇ではないから、原告主張のような就業規則五四条七号所定の制約があるわけではなく、原告の過去の処分歴からみれば、原告の運転に関する表彰が特に情状として考慮しなければならない事情にあるとはいえない。なお、(証拠略)によれば、被告における従業員の解雇事例が種々認められるが、他方、(証拠・人証略)によれば、原告は、本件解雇を不服として、労働協約六三条に基づき苦情処理を申し立てたが、平成元年七月二五日、二六日に開催された職場苦情処理委員会の審議を経て、同年八月四日、七日に開催された労使双方各四人で構成する中央苦情処理委員会において、解雇が相当であるとの決定がされ、その旨が原告に通知されたことが認められ、本件が他に比較して苛酷に過ぎると断ずる根拠はないというべきである。

したがって、本件解雇が解雇権濫用であること等を理由づける事実はない。

2  原告は、本件解雇が原告の組合活動を嫌悪してされた不当労働行為であると主張する。なるほど、(証拠・人証略)によれば、原告は、昭和五四年に西武バス労働組合上石神井支部の執行委員になり、同五五年から五七年までと、同六〇、六一年に同支部書記長を勤めたこと、同六一年に本部執行委員選挙に立候補したが落選し、同六二年に支部長選挙に立候補したが落選し、それ以後は、支部職場委員をしながら壁新聞の発行にかかわり、上石神井営業所において労働協約勉強会等の組合活動をしていたことが認められるが、本件当時、組合の役員をしていたわけではなく、本件全証拠によっても、被告が原告の組合活動を決定的な動機として本件解雇をしたことを認めるに足りる証拠はなく、また、原告の組合活動がなかったならば被告が本件解雇をしなかったであろうと推認するに足りる証拠はない。原告の主張は、採用することができない。

四  よって、本件解雇の無効を前提とする原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 遠藤賢治)

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